サイト運営者のプロフィール / パソコン教室 パソコンスクール 坂戸 アートパソコンスクール
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- OLになりたての頃は、普通の会社には パソコンはありませんでしたよ。
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1961年生まれ。宮城県出身。アートパソコンスクールを始めて早8年が過ぎ去りました。
今でこそ当たり前のパソコンですが、私が社会に出て仕事に就いた頃は
普通、会社にパソコンはありませんでした。そう思うと世の中は大分様子が変わったということですね。
あの当時、ワープロはありました。オフコンも
ありました。外国とのやりとりはテレックスでした。しかしながらパソコンはありませんでした。異常に高いものだったし、
OSがWindowsではなくMS-DOSでコマンドをかけるのは 特殊なアルファベットの羅列で 会社勤めの人たちには到底動かせるものではありませんでした。
1995年の11月末ごろにWindows95が一般の人たちの手にはいるようになって その時点から急速に変わり始めましたよね。
その頃、私は外資系メーカーの日本支社に転職していて
ドイツ本社ではWindows3.1を使っていて それをそのまま日本支社でも使い始めていました。それが私のパソコンとの初めての出合いでした。ですから西暦でいうと1993年の
終わり頃でしょうか。あれから17年です。
パソコン導入時はワープロと半々使いでした。それから徐々にパソコンにシフトして行きました。ノートPCなどはまだまだ開発途中
だったと記憶しています。デスクトップが主流でした。記憶媒体は3.5FDだけ。懐かしいですね、今ではUSBメモリに変わりましたもんね。3.5FDドライブさえ消えましたものね。
パソコンで何が便利って、あの当時は時差解消の決定版、「電子メール」でした。IEのおまけのメールでしたが、こちらからメールして帰宅し、ドイツが始まり返事をくれる、
次の日には返事のメールを見て仕事の処理。FAXのように紙がなくなっていて 受け取った受け取らないなんてトラブルもないですし。ドイツ本社おかかえのメールサーバーが
ずっこけなければ パーフェクトに通信されるわけです。仕事処理の軽快さを感じましたね。
FAXはまだ国際電話なみのかなり高い通話料を払っていましたので この電子メールは外国とやりとりをする企業にとっては 時間、経費においてかなり節約となり 更なる営利行動につながった
のではないかと思います。
会社でワード、エクセルはすぐに使えるようになりました。 それはワープロが扱えたのでそれほど違いはなかったと記憶しています。
エクセルもワープロのカルク機能と似ていて やはりそんなに大変には感じないで使えるようになったと思います。
しんどかったのはCDの扱いでした。今でこそ 音楽などはCDは古くて
ダウンロードが当たり前で 映画やドラマなど DVDを買ったり、レンタルしたりして楽しむのが当たり前になってしまいましたが、あの時のCDは今までの概念には全くないものだったので
初めて見た時、そしてその中にデータがあると知った時は「どうやって中から取り出すのだろう?」と日本支社の全ての人間が真剣に悩みましたよ。今では笑い話ですけどね。
あの当時、パソコンはドイツ本社、ヨーロッパ支店群、南北アメリカ支店群、アジア支店群、オセアニア支店群はWANで結ばれていたと記憶しています。WANで結んだ理由はデータの収集です。
そして私はアクセスの勉強で、秋葉原のラオックスに仕事帰り、1か月位通わされました。 日本国内の売り上げやら顧客データやらをアクセスで溜めておいて、それをドイツ本社の
データベースに統合するということをやっていました。どの支店もやれされていたと思います。
この全体会議が1年に2-3回、HKであって、いつも出席させられていました。
それがいやで、いやで。こちらは「やれ」と言われたことだけをやっていて、「何か フルーティフルな案を述べなさい」と言われても プロじゃあないのだから 何も無いですという
状態でしたから。
私とパソコンの関わりあいは 仕事で、そして「ON THE JOB OF TRAINING」で学んだのでした。わからない事は知っている人に聞くしか解決方法がなかったです。その当時解説書なる
本も存在してませんでしたし、いつも新しいことに直面しては わからない事は知っている人に聞く。この繰り返しだったと思います。
おかげで、会社にかかわるパソコンに関してはだいたいのことは体験したでしょうか。会社勤めをしている時はパソコンは仕事上での付き合いだけでした。プライベートでパソコンで何か
楽しいことをするなんてことは全くありませんでした。
このドイツ企業が他のドイツ企業にM AND Aにあった時に会社を止めました。そして自分でパソコン教室を開こうと思ったのは パソコンならまだ誰かに教えられると思ったからです。
タイミングもありました。森さんが首相だった時、日本を世界有数のIT先進国にするといって 予算を地方自治に配り、IT講習会なるものが花盛りだった時があったでしょ。
あの時に開業したんですね。日本中の人がパソコンに夢中になった時でしたね。
現在、私にとってのパソコンは、本屋であり、スクールであり、大好きな動物の動画もただで見れるし、ちょっと値のはるいいおもちゃで、そして無いと困る大事なツールでもあります。
私の生活を豊かにしてくれていることは間違いないです。
パソコンもツール(道具)のひとつです。包丁と同じように悪く使えば 人を刺したりできますが、上手に使えばおいしい
料理を作れます。使い方次第の道具のひとつです。生活を潤すように使いこなして行きましょう。